場所と時刻の共有は・・・

最近の携帯電話にはGPS機能やカメラが付いているのが一般的になってきた。また、いま自分がいる場所やその場所の様子をカメラで撮って、Twitterなどのつぶやきと一緒にネットに投稿して共有するといたったサービスも提供されるようになってきた。たまたま、投稿した場所の近くで見ていた人と、新しい出会いが生まれることもある。

しかし、こういったサービスを利用して、自分の行動の全てをオープンにするには、引っかかるものを感じる。ひとつは、自分の行動を全てオープンにすることへの不安である。もうひとつは、位置情報を取得し、写真を撮ってつぶやくとなると、どんな優れたUIであろうと、それ相応の時間が必要になる。暫くその場所に留まって作業することになる。多分、わたしのやっていることを傍で見ている人は、その光景に異様さを感じるだろう。また、友人と食事をしている時など、会話が途切れがちになり、その場の雰囲気を壊してしまう。

いままで、写真や位置情報、時刻を共有するサービスを利用して感じてきたことだ。


少し冷静になって考えてみた。そもそも、時刻を共有するといっても、会話したい友人は、その時刻は仕事をしていることが多い。友が共有したいと思っているときは、わたしは寝ていたりする。友と時刻を、共有するということは、なかなかできるものではない。一方、全くの見ず知らずの人に声を掛けられても、困惑する方が多いだろう。ただ、いままでは見ず知らずの人に声を掛けられたことはないが、視線を感じたことはよくある。
そういうこともあって、いまでは、位置や時刻の正確さにはこだわらないようにしている。歩いていて感じたものはカメラに納めるようにはしているが、その場でネットに上げることはしていない。後で位置情報などを確認しながらゆっくりと投稿するようにしている。最近のカメラは、写真にGPS情報を付加してくれるものもある。意識的に位置情報を取得しなくても、写真を投稿すれば位置情報も投稿したことになるのが嬉しい。
リアルな時刻というよりも、アバウトな時間というか時期とか季節と一緒に、その場所の様子をみんなに紹介して共有する。他の人の投稿を見て、その場所に行ってみる。


こんな使い方が、私には合っているようだ。